劣等感が幸せを邪魔する人へ。幸せとは。

幸せになりたいなぁ。とか。絶対に幸せをつかむ!とかよく言いますが、結局幸せってなんだと思いますか?

記事を書いておいて無責任かもしれませんが、答えはおそらくありません。

確かに答えはないかもしれませんが、ただあなたは今この瞬間からでも幸せになることができます。

人と比べることをやめて、今ある幸せに気づくことができれば、もうその瞬間から幸せになることができます。

あなたの価値観と私の価値観

人によって好きなもの嫌いなものって違いますよね。あたりまえです。

私はカメラが好きで、よく自然を撮ったり、料理を撮ったりしますが、時に友達に「でた!絶対料理の写真撮るやつ!」と言われます。

私は日々の思い出を記憶だけでなく写真にも残しておきたいタイプなんです。

ですが、友達の中には写真を撮るのを鬱陶しがる友達もいます。

別にその友達を映して晒そうってわけじゃないのですから別にいいじゃんと思いますが、その友達からしたら意味の分からない行為なんでしょうね。

一方でよく革ジャンやジージャンを袖に通さず肩に掛けて街を歩いている人がいます。これは私には理解の出来ない行為です。

なぜ着ないのか。肩から落ちないようにするために変な力が入って肩がこらないのか。

そう思ってしまいます。

ですが、やっている方からするとそれはオシャレな着方であり、自分を表現する手段の一部となっているのでしょう。

このように自分がいいと思うことと相手がいいと思うことというのは全く違います。

趣味も人それぞれですし、同じ趣味でも楽しみ方が違ったりと、百人いれば百通りの趣味や楽しみ方があります。

では、そんな状況で人と同じ尺度で幸せを測ることってできますか?

もちろんできません。

100kgのダンベルと2mの釣り竿どっちが速い?と言っているようなものです。いや、この例えはよくわかりませんね。ごめんなさい。でもとにかく幸せをみんな同じ物差しで測ることなんてできないということが伝われば満足です。

人と比べると損するだけ 自分に負けなきゃいい

先ほども述べたように、幸せは他人と比べることはできません。人と比べるだけ損です。

あいつの方がすごい。あいつには負けている。あいつの方が・・・と考えだすときりがありません。

時には闘争心も必要です。

ですが、競争というのは自分を高める時に相手とするものであって、自分が劣っていること、勝っていることを確認するためにするものではありません。

自分が劣っていること勝っていることを確認することで自分を高め、気合に変えるというのであれば別にいいですが、それによって落ち込んだり、慢心に繋がったりとするのであれば自分になんのメリットもありません。

比べるだけ無駄です。

比べるべきなのは過去の自分だけです。

過去の自分にさえ勝てば前に進んでいけるんです。

ですので、あの人の方が金持ってる。とかあの人の方が有能。って落ち込んでいるだけの時間は勿体ないです。

人と比べて幸せを判断するのは大変耐え難いことです。

そういう幸せの考え方を持ってしまうとあなたがそのとき十分幸せだと感じていても、それ以上に幸せそうな人を見てしまったら自分が物足りないような気がしてしまいます。

非常に勿体ないです。

あなたはあなたの尺度で幸せを感じて、他の人は他の人の尺度で幸せを感じます。

ただそれだけのことです。

比較によって感じる幸せなんて脆く壊れやすいのではないでしょうか。

幸せって作るものではなく気付くもの

幸せって作るものではなく気付くもの。

これは私の好きな言葉です。

幸せを作ろう作ろうと必死になっているとまだ存在していない未来志向になってしまい、今ある幸せに目を向けることを忘れてしまいます。

幸せを作ろうとするならば、作る過程の幸せも感じることを忘れてはいけません。

そうしなければ、急に死んでしまったとき、幸せになる途中で人生を終えてしまったことになります。

そんなの悔しくてたまらないですよね。

永遠に生きることはできない。

辛辣なことを言ってしまっていますが、永遠に生きることはできません。いつかは死んでしまいます。

究極に幸せな人でもどん底で不幸だと思っている人もいつかは死にます。

最終地点は一緒なんですね。

どうせ行き着く先が一緒なら、その時までは、周りと比べてなんかいないで自分の好きなようにしたくないですか。

自分が大事だと思うこと・自分の大切な人が大事だと言ってくれることを一生懸命行って、自分なりの幸せを感じていけばそれはもう誰がなんて言おうと最高の人生です。

失敗だらけだから幸せじゃない。お金がないから幸せじゃない。

そんなことはありえません。

失敗だらけでもお金がなくても幸せにはなれます。

逆に成功ばかりでもお金持ちでも考え方次第ではストレスMAXにもなりますし、不幸にもなります。

幸せか不幸せかの選択権は常に自分にあります。

幸せを感じる力を持つ

毎日働いて家に帰って「あぁ疲れたー」と言いながら、コーラを一杯飲む。

これも私にとっての幸せの一つです。

このときのコーラって数倍うまくなりますよね。

人によってはそれだけで幸せって感じるなんて寂しい人だと思うかもしれません。

ですが、そういう人は幸せのインフレを起こしてしまっています。

どんなに小さなことでも確かな幸せです。

仕事終わってからコーラを飲むことがごく普通の日常だから特に何も感じないか、ごく普通の日常でも幸せを感じることができるか。この2択なら、幸せを感じる方がお得ですよね。

これは、比べることで幸せを感じる人には感じることのできない幸せかもしれません。

自分に向き合って小さな幸せにも気づくことができる人が感じることのできる幸せです。

まとめ

今まで長々と話したことを20字以内で言えといわれたら「幸せは相対的なものではなく絶対的なもの」です。

幸せを相対的なものとして捉えてしまうと、「あの人の方がお金持ちだから自分は不幸」や「いつももっと高いものを食べてるのに今日は安いものだから幸せが得られない」ということになってしまいます。

幸せを絶対的なものとして捉えることができれば、「あの人はお金持ちで幸せそう。あの人ほどのお金はないけど私も幸せ」や「いつもよりは安いものだけど、これはこれでおいしい」と考えられるようになります。

同じ状況でも捉え方で幸せかどうかが変わってきます。

周りと比べてばかりで落ち込む日々を過ごしている方がいらっしゃいましたら、ぜひ参考にしてみてください。

このブログがあなたの役に少しでも立てたのなら幸いです。